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西野辰吉（にしの・たつきち） 作家
1916年 北海道に生まれる
1947年 小説を中心に文筆活動に入る
著 書 『米系白人』『秩父困民党』（毎日出版文化賞受賞）
『東方の人』『根拠』『日本潜行記』他多数
写真・図版提供（敬称略）
ＮＨＫ、共同通信、日本近代文学館、北大図書館北方資料室、旭川兵員記念館、
北海道農業近代化コンサルタント、遠軽家庭学校、創価学会、当別町、月形町、
新十津川町、酪農学園出版部、南操、服部健
はじめに
『石狩川紀行』という書名にすることになったこの本は、この川の流域の二度の旅に基づいた記録ではあるが、紀行の意味はいくらか複雑で、私はある意図をもってその旅をしたのであって、北海道を見直してみたいということが旅の目的だった。
そうした旅に基づいた紀行で、流域を歩きながら調べてみたり思索したりしたことが本の内容になっている。
私は開拓移民の子で、一九一六年、天塩海岸の村で出生したのだが、そこが父や母の満足して土着でき石上地でなかったことから、一家は空知地方に移住し、土功組合（現土地改良区）の灌漑事業で畑作から稲作への転換が行われることになった土地で、造田し、稲作をはじめた。
それはちょうど私が小学校にゆく年で、移住したのは石狩川川沿いの土地であった。
それで、私は石狩川から五〇〇メートルほどの場所で、少年期をすごしている。
私の父や母はしかし、そこへ移住したとき、開墾して自分の所有になった天塩の自作地から、石狩川沿岸に小作人として移住する漂浪と冒険をしていた。
「母なる川」という都合のいい言葉がある。
石狩川は私にとってはそういうもので、郷里・北海道の表象でもある。それで、流域を歩く私の旅は、少しでも地味のいい、少しでも暮らしやすい土地をもとめて漂浪した移民の生きざまを原点におくところの、北海道を見直す旅になった。
北海道は日本の近代にとって、特別な位相をもつ土地で、数世紀にわたって本州の〈和人〉と先住民のアイヌ社会が共存した歴史のうえで展かれた近代だったこと、そうした未開地として近代をむかえたこと、日本の伝統的な共同体から流離したものの混合がそこでの近代化経験・文明経験を形成していることなどが、特異な位相としてあげられる。
北海道へ本州の〈和人〉の移住がはじまったのは、十三世紀ころだったといわれるが、しかし近代までここに本州のような農耕社会をつくりだすことができなかった。
津軽海峡につきでている渡島（としま）半島には、ブナやスギが成長し、本州東北地方の植物の世界がひろがってきているが、それから北方は亜寒帯の世界に変る。
農耕社会をつくりだせなかったのは、亜寒帯にぶっかったためである。
伝統的な古い日本から流離したものの、亜寒帯の自然とかかわった経験が、北海道の文明史だったともいえる。
亜寒帯は狩猟、漁撈、植物の採集で生活をいとなむ、先住民の世界でもあった。
拓殖・開発のいわば歴史を頂上からみる視線とちがって、民衆の生きた草の根のようなところから、そうした文明経験を見直してみたいという、これは思索の旅だった。
私はＮＨＫで石狩川について話す機会があった。
またルポルタージュを、一九七二年の十一月から十二月にかけて、『北海道新聞』に書いた。
それらに着目して、一冊の本を書くことをすすめてくれたＮＨＫブックス編集部の熊谷健二郎氏、大石陽次氏にたすけられて、この本はできあがった。
ＮＨＫブックス編集部の方々、また、放送を企画してくれたＮＨＫ北海道本部の松原淳氏、慶田敏紀氏、『北海道新回』の大須田一彦氏など学芸部の方々に、お礼申しあげたい。
一九七五年九月一九日 西 野 辰 吉
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