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12 レーダー解任、デーニッツ昇格

　一九四三年の初め頃は、厳しい天候のために、海上での戦闘はほとんど全面停止の状態となった。
　小さなＵボートを、荒れ狂う海上で動かすことは、危険きわまりない仕事である。
　艦橋を越える波をかぶりながら作業する困難はべつとしても、Ｕボート乗組員は艦の位置を正確にたもつことさえ不可能だった。
　星や太陽は厚い雲にかくれて、天文航法〔天体の位置を測定して艦位をだす航法〕ができなかったからである。
　また低速にしろ高速にしろ、航行中は上下、左右に揺れるため、作戦中の方位の決定は、推測航法〔艦の速度、風、潮流などの外力を考慮して艦位を算定する航法〕にたよらざるをえなかったが、これとても猛烈なシケのため、あまり、あてにならなかった。
　一月の初めの二週間、一六四隻のＵボートが大西洋で作戦したが、全く船団を発見できなかった。
　洋上のＵポートが日夜、風雨とた高い、艦の安全保持に気をくばっている間に、かなり重大な事件が戦場の背後でおこっていた。

1 Ｕボート対策のカサブランカ会談 top

　一月十四日からはじまったカサブランカ会談〔ルーズベルトとチャーチルが、連合軍に解放されてまもないモロッコのカサプランカで、米英軍の今後の作戦計画を協議した〕では、連合国の船舶損失量が、建造量にまさるともおとらない事実が問題となっていた。
　そこで“大西洋の戦い”においては、Ｕボートを撃滅することが重要であると決定した。
　連合国にとっての最大の脅威はＵポートであることはハッキリしていた。
　そしてこの見解は、デーニッツが以前から主張し続けていたことであり、彼が上司を納得させようとして努力しても、できなかったことでもあった。
　連合国がヨーロッパ侵攻計画を実現させるためには、持続的な補絵絹を確保することが必要であったし、そのためには、大西洋におけるＵポートからの被害を、徹底的に除去せねばならなかった。
　そこで連合国は、Ｕポートにたいする戦いに最優先権をあたえ、兵力資材は、あげてこれに振り向けることにした。
　もしドイツ海軍総司令部も、Ｕボートの価値を同じように認識し、デーニッツを支持していたなら、もっとべつな結果になったのではないかと考えざるをえない。
　しかしドイツにとって幸運だったのは、連合国は本質的にはＵボートの価値を正しく評価しながら、実戦面で誤ったからである。
　というのは、連合軍はビスケー湾のＵポート基地を航空攻撃することで、目的を達成しようとしたのである。
　ところが、Ｕボート基地を爆撃しても、質的にも量的にも、Ｕポートそのものに打撃をあたえることは不可能だとわかったので、まず間接攻撃を実施することにした。
　連合軍は基地周辺の施設や都市を爆撃して、間接的にＵボートの戦力を低下させようとしたのである。
　これらの攻撃は、一月中旬からＵボート基地にたいする直接の精密爆撃と合せて継続的に実施されたが、結局は、効果のうすい、大きな戦力の浪費に終った。

2 レーダーを解任、デーニッツ昇格 top 　この一月には、ドイツ海軍上層部に大きな人事異動があった。 　レーダー海軍総司令官とヒトラーとは、もともとうまくいってなかった。 　一月六日、会議の席上でヒトラーは、戦艦「リュッツォ」と巡洋艦「ヒッパー」が、一九四二年の大晦日に、英船団になまぬるい攻撃しかくわえなかったことを激怒した。 　レーダーにはほとんど発言の機会をあたえず、九〇分間にわたって、徹底的に非難をあびせてののしったあげく、ドイツ海軍のすべての大艦をおはらい箱にしてしまえ、との訓令をあたえて、レーダーをクビにした。

ドイツ海軍総司令官とヒトラー総統：能なし！とののしられて、レーダー海軍総司令官は辞職した。 1943年1月の別れの記念撮影

　一週間ほどたって、レーダーはヒトラーに文書をおくり、まえの決定を思い留まるよう努力したが、ヒトラーは動ずる様子もなかった。
　レーダーは一月三十日に辞職し、ヒトラーは後任にデーニッツをすえた。
　ここで注目すべきことは、デーニッツがきわめて思慮ぶかく、この昇進を利用したことであろう。
　彼は戦闘場面の中心からはなれ、政策作成というような抽象的領域にまつりあげられるのをこばみ、引続いて潜水艦隊司令官の職にとどまった。
　それは、彼がこの海軍総司令官と潜水艦隊司令官という、二つの重要な職を兼務することによって、いまなお戦争の勝敗を決定する重大要素であると信じている、Ｕボート作戦の戦果を拡大し、合せて作戦のくわしい進行状況をしっかり把握しようとしたからである。
　そこで日常のこまかい業務は参謀長のゴット少将に一任した。
　デーニッツ自身、自分ほどＵポートについての知識や経験のあるものはいないことを知っていたので、Ｕボートの運用については、引続いて責任をとることにした。
　このように確固たる裏づけのあるデーニッツの立場は強力なので、のちにはヒトラーに大艦廃棄の考えをすてさせることにも成功した。

3 北アフリカむけタンカー襲撃 top

　北大西洋の天候が、Ｕボートの積極的な作戦を不可能にさせている一方、はるか南方の一月の天候は、それほど悪いものではなかった。
「デルフィーン」〔いるか〕Ｕポート隊は、モロッコからニューヨークにいたる大圏航路にそって西方に捜索を続け、北アフリカに上陸している連合軍に、補給品と増援兵力をおくる船団を捕えようとしていた。
　一月三日、Ｕ514がトリニダード沖を航行中、北航中のタンカーの一群を発見した。新年の初仕事にありついたわけである。
　このタンカーは、北アフリカ上陸軍むけの燃料を積んで、ジブラルタルに向うものと推定されたが、Ｕボートは残念ながら触接を失った。
　このときデーニッツは、大胆な決断を下した。部下が「デルフィーン」隊を使うことに反対したにもかかわらず、デーニッツは「デルフィーン」隊の八隻に、捜索列をつくってタンカー船団を攻撃するよう命じたのである。
　Ｕボート隊とタンカー船団との距離は、二〇〇〇キロ近くもあり、船団に出あう望みはほとんどなかった。
　しかし獲物は、すばらしいものにちがいない。
　この輸送中の燃料をタンカーもろとも海に沈めることは、地上で戦闘中の陸軍にあたえる効果からいって、Ｕボート隊にはまちにまった絶好のチャンスであった。
　「デルフィーン」隊は数日間、前進したり、後退したりして捜索を続けた。
　一月八日、ついにデーニッツの大決断がむくわれるときがきた。船団はまっすぐに、彼らの哨戒線の中央に向ってきたのだ。
　Ｕボートの艦長たちは、贈り物はイタダキだとわかったが、むやみに突進はしなかった。
　攻撃は一月十一日まで続けられ、Ｕポートは船団九隻のタンカーのうち七隻を撃沈したが、Ｕポートには損害はなかった。この攻撃は構想、実施、効果のすべての点で、見事なできばえであった。
　このタンカーの撃沈が、アフリカの連合軍にどれだけ影響をあたえたかは、アフリカにいたドイツ第五機甲軍司令官のアルニム将軍が、デーニッツに感謝の電報を送ったことでも、十分わかるだろう。

4 連合国の船団護衛兵力低下 top

　北大西洋の船団航路での攻撃の再開は、天候がようやく回復した一月の終りに行われた。
　HX224高速船団は攻撃をうけて三隻が沈没した。
　Ｕボートに救助された乗組員のなかに、英海軍士官が一人いて、もう一つの船団がHX224より二日ぐらい遅れてくることをしやべった。
　これは大変な情報だった。
　二〇隻のＵボートがあつまり、一列の哨戒線をつくってまっていると、捕虜の情報を裏づける光景が現れた。
　船団がまっすぐに向ってきたのである。
　六三隻の船団で、貴重な戦略物資を搭載していた。護衛兵力は強力で、一二隻以上の艦艇をふくんでいた。
　戦闘は猛烈をきわめた。四分の三のＵポートが爆雷攻撃をうけ、三隻が沈没し、二隻が損傷した。
　だがＵポートも敵船一三隻、約六万トンを撃沈した。
　この戦闘で明らかになったことは、船団護衛兵力の訓練の程度が大変ひくかったことであった。
　その結果、戦いの終りには、勢力バランスがくずれ、Ｕポートが有利になった。
　二月二十一日、ON166船団が攻撃をうけて、四日間に一四隻、八万五〇〇〇トンを失った。
　そのときべつの船団ON167が発見されて攻撃をうけた。
　トリニダード付近の海域では、モーア少佐のＵ124だけで一船団を攻撃して四隻、二万三五六六トンを撃沈した。
　二月二十七日にはHX227高速船団が攻撃され、二隻、一万四三五二トンが沈められた。
　それからSC121船団も攻撃されて一三隻、六万二一九八トンが沈没した。
　その他もろもろの戦果を合せると、一月の戦果は三九隻、二〇万三一二八トン撃沈という平凡な数字に終ったが、二月は六三隻、三五万九三二八トンと好調であった。

5 独英暗号解読機関の活躍 top

　この成果の大部分は、海軍総司令部の暗号課の「Ｂ」機関の功績によるものであった。
　この「Ｂ」機関は、Ｕポートの作戦に当って、連合国船団の無電傍受と解読に全力をあげ、連続して大きな成果をあげていた。
　英海軍でも同様にＵポートと司令部の無電を傍受し、解読していた。
　この活動は、時々お互いの思惑の裏をかくことがあった。
　たとえば連合国がＵボートの所在をつきとめ、このＵボートをさけて船団航路を変更すると、この無電をドイツの「Ｂ」機関が傍受して、Ｕポートを船団の前方に先まわりさせる、また連合国もすぐＵポートの行動を探知して、再び船団航路を変更する、といった具合であった。
　独英両軍とも大変な精力をこの作業にかけ、もっとも優秀な人材を、この複雑で重要な情報競技にそそぎこんでいた。
　三月九日の事件を例にとると、まず「Ｂ」機関は、HX228高速船団がＵポートの一群にまっすぐに向っており、そこまではまだ数百キロも離れているとの情報をだした。
　Ｕボート司令部はいままでしばしば成功したように、敵の考えの裏をかくつもりで、船団の立場にたって考えてみた。
　そして、連合軍はすでにＵポートの位置を知っていて、針路を北方に変えるものと判断し、Ｕボートを北方に移動するよう命じた。
　ところが船団はそのまままっすぐ、Ｕボートの南方を通り過ぎてしまった。
　この“知恵くらべ”の詳細はハッキリしない。
　しかし、結局、Ｕポートの一部が引返してきて船団にとりつき、商船四隻と駆逐艦「ハーベスター」を撃沈して、失敗の幾分かを埋めあわせたが、Ｕポート隊もＵ432とＵ444とを失った。

6 トコトンまで英をしめあげ top

　「Ｂ」機関は、Ｕポートを二つの船団に導いたが、そのときにあげた成果は、おそらく、この戦争を通してもっともめざましい戦果にぞくするものと思われる。
　三月十六日から五日間にわたった昼夜の激しい戦闘で、船団では二一隻が沈没した。
　その総トン数は一四万一〇〇〇トンであった。
　これはＵポート部隊にとって、大勝利であった。
　また輝かしい成功の月の幕ぎれでもあった。
　三月の初めの三週間に、Ｕボートは船腹五〇万トン以上を撃沈した。
　英海軍省はのちに、これを評価して、つぎのような結論を下した。
　「ドイツは新世界と旧世界をむすぶ交通線にたいし、一九四三年三月の最初の二〇日間には、いまだかつてないほど、この交通線を遮断するところまでちかづいた」
　撃沈した船腹量の多少はしばらくおくとしでも、この物語の荒涼たる特質は、船団を組んで航行した船の三分の二が撃沈されたということである。
　だがこの事実は、Ｕポートが船団方式をくつがえすことに成功したとみるべきであろうか？　
　またＵポートは、連合国に船団方式を放棄させることができたのであろうか？　
　もしできたとしたら、船団方式にかわるものは何であろうか？　
　アメリカ沿岸沖の”黄金期”には、単独で航行していた船舶は、すべてＵボートの餌食となったのである。
　大西洋の戦いの勝利は、いっときはＵボート部隊のものになったようにみえた。
　もしあの大戦果をあげたあとも、引続いて同様の戦果を収めていったなら、連合国間をむすぶ生命線は締め上げられ、原料資材、燃料、および食糧の供給が切断され、ヨーロッパ侵攻のための武器装備や兵力の整備は、妨害されただろう。
　もし振り子が枢軸側に有利に動き続けたなら、Ｕボート部隊はしだいに、しかも仮借ない正確さで、枢軸国を勝利の道へ導いたかもしれない。