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16 ノルマンジー上陸阻止作戦

　一九四四年六月六日午前一時、連合軍侵攻艦隊の出動開始の第一報が、潜水艦隊司令部にはいった。
　各Ｕポートは、かねて指示されていた上陸軍阻止配備の部署につくよう命令された。

1 シュノーケル真価発揮 top

　シュノーケル装備の五隻をふくむ二一隻のＵポートは、ノルウェーのベルゲン港に待機した。
　またシュノーケル装備のＵボート九隻は、ブルターニュ半島のブレストおよびビスケー湾のラパリスから出撃してイギリス海峡にむかい、英本土南岸のワイト島とノルマンジー半島のシェルブール間に散開して待機した。
　シュノーケルをもたない七隻のＵボートは、ブレストを出発して英本土南岸のリザード岬とスタート岬沖に散開し、補給船団を攻撃する配備についた。
　さらにフランス各港に停泊しているシュノーケルをもたない一九隻のＵポートは、ビスケー湾沖に哨戒線をはって、この方面に上陸しようとする敵を攻撃するように命令された。
　その夜は、Ｕポートの戦いがはじまっていらいの、猛烈でくるしい戦闘が各所で展開された。
　とくにビスケー湾のＵボート部隊は、最悪の状況をむかえた。
　彼らは来襲敵機四機を撃墜したが、四隻のＵボートも損害をうけて基地に戻った。
　Ｕ955が沈んだ。
　翌日の夜、Ｕ970は「サンダーランド」飛行艇の攻撃をうけて沈没した。
　Ｕ629とＵ373は「リベレーター」機にあいついで撃沈された。
　この最初の二、三日間で、シュノーケルは、防御面ではいかんなく真価を発揮した。
　Ｕ740は六月九日に、Ｕ821は十日に沈められたので、シュノーケルをもっていないＵボートの出撃は取止めとなり、すでに洋上にあるものは基地に呼び戻された。
　六月十五日、ノルウェーを出発したシュノーケル・ボートがイギリス海峡に到着した。
　Ｕ767はランズエンド岬　〔イングランド南西端の岬〕付近で一隻のフリゲート艦を撃沈し、成功の第一声をあげた。
　続いてＵ764も一隻を沈めたが、反撃をうけて損傷した。またＵ767も三日後には、三隻の駆逐艦の攻撃をうけて沈没した。Ｕボートの上陸阻止行動は、Ｕ621が上陸地点近くで揚陸船を沈めたときまでで、あとはストップの状態だった。

　七日の昼、彼は艦位をシェルプールの北方約四〇キロと推定したが、どうも、すべての条件が、彼の推定位置にあわなかった。
　音響測深儀ではかった実際の水深と、海図でみる水深とは違っており、ラジオ・ビーコンでの測定位置とも違っていた。
　コルデス艦長は、潮流で艦がチャネル諸島〔ノルマンジー半島の西方〕に押流されているものと判断した。
　そこで、彼は潜航のまま北方に針路をとった。
　そして敵艦で混雑している海面をはなれ、深い広々とした海面に逃れようとした。
　しかし翌朝午前四時、Ｕ763はまたも浅い海底に乗り上げてしまった。
　経過した時間をよく考え、これにいろいろなデータをくわえて考えた結果、コルデス艦長はまだチャネル諸島付近にいるようだった。
　つまり、ワイト島沖のイギリス停泊地であるスピッドヘッドのあたりに座礁したことに気がついた。
　この海域はまだ各種の船舶が運行していて活気に満ちていた。
　上陸地点から帰還する揚陸用の舟艇、病院船や周辺の各港をいきかう艦艇で、あたりは賑やかだった。
　Ｕポートは一二時間も、海底で難破したようなかっこうで沈座していた。
　コルデス艦長は潮の状態をみて、海底をはなれ、ゆっくりと浅瀬をでて、乗組員とともにブレストに無事に帰り着いた。
　もちろん、彼らは、この恐ろしい体験で、神経をすりへらしていた。

4 乗組員の不屈の精神を称賛 top

　この七月に海峡にはいったＵボートは、幸運に恵まれなかった。
　六月の七隻に引続いて、八月初旬までに八隻が沈んだ。この数字は、出動したＵボートの三分の二にあたり、約七五〇人が艦と運命をともにした。
　しかしＵボート部隊には、新しい入隊志願者がたえなかった。
　デーニッツは上陸阻止作戦について「Ｕボートの乗組員が示した堅忍不抜の精神には、ついに私もついていけなかった」と述懐したが、それは当然のことであった。
　Ｕボートがおさめた戦果は、数のうえからみれば、かんばしいものではなく、輸送船一二隻、揚陸前回隻、護衛艦五隻を撃沈、輸送船五隻、護衛艦一隻、揚陸前一隻に損傷をあたえたにすぎなかった。
　Ｕボートの損害は大きかった。だがデーニッツは大きな戦果であったと考えていた。
　というのは、Ｕボートは敵の上陸は阻止できなかったが、少なくとも敵部隊に打撃をあたえ、ドイツ陸上防衛軍の負担を軽くしてやれたからである。

　これを防ぐためにつけられているフロート・バルブ〔水圧でしまる自動弁〕が、波をかぶってしまると、ディーゼル機関の作動のため急激に艦内の酸素が不足し、同時に機関の排気ガスがシュノーケルから排出されず、艦内に充満して、乗組員の生命を危険にさらすことになる。
　また、ディーゼル機関で充電しながら潜航すると、排気が完全に行われているときは、海面に排気煙がながれ、シュノーケルが白い航跡をのこして、哨戒機に発見される恐れがあった。
　そのためシュノーケルは、夜間にかぎって使用することになった。
　乗組員は昼のあいだは寝台で休み、酸素の節約につとめた。
　またなるべく艦内を歩き回らず、食物の調理をやめ、食事も会話もさけた。
　しかし、夜間にはシュノーケルを海面にだしても安全なので、艦内はたちまち活気づくのであった。
　シュノーケルをだすと、冷たい空気が艦内をふきぬけた。
　たとえ海水のために弁がとじ、そのたびに気圧がたえず変化したにしても、乗組員は胎に空気を、そして、使っていなかった手足に血液の循環を取り戻すため体操を始めた。
　そういう時間はあるにしても、連続的な潜航によって、Ｕボート乗組員の疲労度は驚くほど高まった。
　海上ですごす期間は、開戦当初の約半分に減少していた。

7 “幻のＵボート”も力およばず top

　シュノーケルの出現後は“幻のＵボート”となって潜水艦狩りの部隊にも、多くの努力と燃料、さらに高性能爆薬を消費させた。
　彼らが本物のＵボートを発見する回数は少なくなり“幻のＵボートがだんだん本物ら仕組みえてきた。
　Ｕボートが安全に航海ができることは、連合軍航空哨戒機のパイロットや偵察員を悩ました。
　彼らは、海の波がたえずつくりだすアワや小さな水柱を追いかけたり攻撃したりして、時間を無駄にすごした。
　なにも知らないで潮をふきあげた鯨は、ときとして手あらい爆雷攻撃をうけた。
　ビスケー湾からノルウェーや北部ドイツに移動したＵボートは、そのあと再びイギリス周辺の海面へ作戦にでかけた。彼らはシュノーケルを有効に使った。
　ビスケー湾基地の崩壊後、連合軍の航空哨戒は、シェトランドとアイスランドのあいだをぬける航路に集中された。
　しかし八月末、ここを通過した一六隻の潜水艦のうち、飛行機に発見されたのはわずか二隻で、それも攻撃をうけるまでにはいたらなかった。
　一方Ｕボートには、この北方航路を使用する必要があったので、連合軍は船団をアイルランドの南方を航行させ、Ｕボートにでくわす機会を、できるだけ少なくした。
　作戦は年末まで長々と続いたが、退屈な活気のないものであった。
　九月、十月、十一月の三ヵ月には、Ｕボート一隻が北方大圏航路で沈んだが、ほかにたいしたこともなかった。
　十二月には五〇隻のＵボートが一隻の損害もなく例の通路を通過したが、あげた戦果はとるにたらないものであった。
　難所を通り抜けたあとでも水中速力は遅く、潜望鏡の視界がせまかったので、威力を発揮することはむずかしかった。
　しかし、二隻だけは例外であった。
　Ｕ482は、八月十六日から九月二十六日までに、約四〇〇〇キロをほとんど潜航で航海し、二つの船団を攻撃して商船四隻と護衛艦一隻を撃沈した。
　またＵ486は、十二月に商船三隻と八〇〇人の兵士をのせた輸送船一隻、それにフリゲート艦一隻をイギリス海峡で沈めた。
　しかしこのような戦果だけでは、全般のＵボート作戦の退勢を盛返すことはできなかった。
　一九四四年の終りの四ヵ月は、英本土周辺の海上で戦火がくすぶり、それよりもっと遠くの海域でも、静かにくすぶり続けていた。
　この期間のＵポートの戦果は二四隻の撃沈にとどまったが、損失は五五隻にものぼった。
　Ｕボート作戦は不名誉ながら、もうすべてが模擬戦程度にまで、おちぶれてしまった。
　しかし、デーニッツは大きな自信をもって、一方英海軍省は大きな懸念をいだいて、Ｕボートの建造計画が順調に進行しているのを見まもっていた。
　しかもその計画は、水中速力の高い二一型と二三型で、このＵボートにたいする攻撃方法は、連合軍も当分のあいだ名案がないことを、互いにわかっていた。
　連合軍がすみやかに撃沈隻数を増加して、Ｕボートの新しい勢力ができるまえに、この問題にカタをつけなければ、ドイツ軍がまた海上で主導権をにぎる可能性があった。
　年がかわったときに、この戦争でもっとも興味ぶかい、誰もが予想もしなかった局面が繰広げられる舞台が、できあがっていたのであった。