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15 恐れず、敵艦隊に接近せよ

　ドイツ潜水艦隊がなめた大敗北の苦悩から立ち直るため、デーニッツ提督が、つぎにどの方面で作戦を展開するかは、きわめて興味ある問題であった。

1 英西方近海に出動

　しかし、どの海域にＵボートを出撃させても、そこには連合軍の強力な護衛兵力が待ち構えていそうだった。
　そして、Ｕボートが基地に帰ってくるたびにへっていく乗組員たちの顔が、デーニッツのまぶたに浮かぶのだった。
　デーニッツは、少数のＵボートを遠くの海域に派遣する一方、大部分の兵力を英本国への西からの航路上に配置して、きたるべき年の大攻勢を行うつもりであった。
　7月中旬、北はフェローズ諸島〔スコットランド北方約四〇〇キロ〕から南はブレスト〔ブルターニュ半島の西端〕までの線上に、二十数隻のＵボートが展開した。
　Ｕポートは約五〇キロ間隔で哨戒配備につき、充電以外は潜航したままで過ごした。
　当然、敵を発見するチャンスは少なくなるので、索敵の任務は空軍が受け持つことになっていた。
　この計画は、例によってうまく運ばなかった。
　空軍パイロットは海上作戦に未熟だったので、何回か船団が発見されたが、その後の空軍機の触接がうまくいかなかったので、Ｕボートの攻撃は失敗した。
　その後、Ｕボートの哨戒線は、アイルランド沿岸に近寄ることになった。
　ところが、この命令は英海軍省に傍受解読され、強力な航空兵力がアイルランドの基地に集中された。
　一月二十七日、ドイツ哨戒機は二船団を発見して位置を打電したが、またしても英軍に傍受された。
　アイルランドの基地を発進した英軍機は翌二十八日、Ｕポート群を捕捉攻撃した。
　この戦闘でＵポート二隻が失われた。
　デーニッツは、ただちに作戦中止を命じたが、連合軍は退却するＵポートを追撃した。
　一月三十一日には、さらに一隻が撃沈された。
　その後数週間は、連合軍海空兵力がこの重要な海域を固く守ったので、Ｕボートは手も足もだせなかった。
　しかし、その後も何回かＵポートは小規模ながら必死の攻撃をかけたが、主導権を奪回できず、いたずらに損害をますばかりであった。
　二月十三日、デーニッツは損害をさけるため、Ｕボートをはるか西方へ移動させた。
　このとき潜水艦隊司令部では損害の実態を正確にはつかんでいなかったが、二月下旬になってＵポートの喪失数がハッキリしたとき、デーニッツ司令官の失望は大きかった。

　一方、ドイツ軍にとってＵボートの戦いは、攻撃作戦であって、連合軍船舶を撃沈し、たえず補給力を減少させてこそ、始めて成功といえるのであった。
　戦場が静かであることは、とりもなおさず、連合軍の勝利を意味していた。

3 対潜兵力を拘束する意義 top

　六月と七月は、遠くの海域にとり残されたＵポートは、護衛兵力と魚雷と爆雷の応酬をチビチビと繰返していたが、激しさは一年前とは全く比較にならず、アメリカ大陸沿岸では一隻も撃沈できなかった。
　最近二、三ヵ月の状況では、音響魚雷も電波探知装置も、重装備の対空火器も、Ｕポート作戦を好転させることはできなかった。
　もっとも逆電波探知装置は、敵の一〇センチ波レーダー装備の飛行機が来襲するのを敏感に捕えたし、また対空火器は敵機をなかなかちかづけさせず、ときにはＵボートが危機を切り抜ける切り札となった。
　六月一日、デーニッツ提督は、将来のＵボート作戦の方針をきめた。
　彼は戦時日誌につぎのように記している。

　それはともかく、あの勇猛なＵポート部隊将兵の数年間におよぶ活躍、デーニッツが戦争遂行に不可欠と信じて疑わなかった船舶攻撃についてのドイツ軍首脳部との論争、護送船団との豪快な決闘、これらによってＵポートの戦果は、ついに月七五万トン撃沈を達成した。
　しかし、いまやＵボートは、犠牲の多い作戦によって、敵の兵力をひきつけるという副次的な任務にあまんじなければならなくなった。
　当時最悪の事態としてデーニッツが心配したことは、作戦にでた乗組員のうち基地にかえらない乗組員の率が、大幅にふえていたことであった。
　一九四四年六月には、数ヵ月の哨戒行動で生還した将兵は、七〇パーセントであった。
　たとえ防御的であっても、Ｕポート部隊の敢闘精神にはずれていても、敵を拘束することは、重要な任務であった。
　いまや決定的となったヨーロッパ本土上陸にそなえて、英本国に集結している軍隊に、船団は戦略物資を輸送中であり、この船団を護衛する一艦一機でもひきつけておくことは、それらの兵力をヨーロッパ大陸にいるドイツ軍への攻勢作戦に参加させないことを意味した。
　そしてＵボートが万が一、敵艦船を撃沈できれば、結果はさらに好転するのである。
　戦車、銃砲、車両、燃料、食糧、弾薬、それにドイツ軍と戦う兵士たちは、侵攻時機がくればイギリス海峡を船でわたらなければならない。
　そしてこれをＵボートが一隻でも撃沈すれば侵攻軍にとって大きな打撃となるし、重要なこの時期のドイツ防衛軍の任務を軽減することになる。

4 シュノーケル装備 top

　このころ、はるか水平線上に、Ｕポートの運命を変える望みが見え始めていた。
　一九四四年春には、作戦用Ｕボートに大量のシュノーケルが装備された。
　侵攻の一ヵ月以前に性能が試験され、かねて敵の対潜技術の対抗策として、考えられていた能力を実証した。
　六月一日にデーニッツは、新装置をつけおわらないＵボートは、大西洋に進出してはならないとの命令をだした。
　一九四〇年いらい始めて、Ｕポートはイギリス海峡の浅い海面で作戦できるようになった。
　六月六日、連合軍がノルマンジーに上陸したとき、彼らは真価を発揮した。
　その日、デーニッツは部下たちが直面している困難を十分承知のうえで、最初に出撃するＵポート部隊につぎのような訓示をあたえ、彼の考えを明らかにした。

　ドイツの存亡をかけた戦いに出撃する部下将兵にあたえた、必死の、自殺的ともいえる悲痛な訓示であった。