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19 燃えろ、燃えろ……
鹿児島で一か月、健康を取戻した学童たちは、予定どおり宮崎の疎開先へ、おそろしく減ってしまった数のままで発っていった。 　そして彼らの見えないところで、奄美大島に漂流屍体はぞくぞくと寄った。 　宇検（うけん）村は山の村である。 　蒼く深い海に高い山がけわしく迫っているから、集落から集落へわたるにも、陸路より海岸ぞいに舟をあやつったほうが容易である。 　その宇検、久志、芦検、須古、部連、阿室、屋鈍などという、焼内（やけうち）湾にそった集落は、八月二十二日以後、おびただしい漂着屍体の埋葬に多忙をきわめた。 　男手の少ないなかにも、警防団、青年団は動員され、海岸近くに丈高い草を分けて、墓標が林立した。

　潮流は次々と屍体をはこびいれ、人々は焼内湾を肉の海とよんだ。
　村民は遺品十数点を集めたが、徽章のついた学帽、財布、時計などのなかに、松田と刻まれた万年筆は、まだ赤インクですらすらと字が書けた。
　天妃（てんぴ）校の若い引率教師、松田賀直（がちょく）のものであったろうか。
　対馬丸の遭難は、もはや動かせない事実となった。
　沖縄でその認識がようやく確かなものとして浸透（しんとう）したころから、県民ははっきりと疎開に恐怖をもち、疎開船はその乗客を得ることができず、次々と空っぽのまま出航して行った。
　約一か月後、九月の中旬から下旬にかけて、突然、古仁屋（こにや）から生存者が帰ってきた。
　その五人の学童は北部山村の運天（うんてん）港に上陸すると、絶対に遭難の秘密を守るようにと、今後の心がけを固く言いふくめられたうえで、警察の警護つきで那覇市の南陽旅館に投宿した。
　家族でなく受け持ちの教員が当局からよびつけられ、しばらくすると、一人びとり人力車にのせられた。
　八月から二か月も雨がなく、灼けつくような日照りのさなかであったが、彼らは真っ黒な幌をかぶせられて、外から見えないように、こっそりと家族のもとに送られた。
　その一人、垣花校四年生の上原清のところに、たちまち聞きつけた人々が集まってきた。
　対馬丸の生残りだという黒ずんだ宿命が、清の胸に重くのしかかっていた。
　人々は遭難の模様を清の口から聞きだそうとした。
　ことに、清と一緒に対馬丸に乗っていった学童の親たちはしつこかった。
　しかし、清は、貝のように口を閉ざして語らなかった。
　この小学校四年生の、どこにそのような頑固（がんこ）なものがひそんでいるか、人々があきれかえるほどの頑強さであった。
　清は閉口していた。言ってしまえば、どれだけ気が楽か知れない。
　だが清は上陸するや、憲兵の腕章をつけた兵隊に、きつく言われた。
　「絶対に対馬丸のことを言ってはいけない」――その一言が、清の口をふさいでいた。
　家族の者が、清にきく。
　「誰にも話さないから、本当のことを聞かしてくれ。対馬丸はどうして沈んだか――」
　すると清はおこる。「僕は知らない！」しまいには泣きだす。清はこわかった。
　家族から質問されると、つい話してしまいそうになる。
　だが、憲兵の眼はどこに光っているかわからない。
　事実、警官がときおり、清のところを訪ねてきた。
　清はとうとう最後まで頑張りとおした。

このおどろくべき強さは、十数日ののちいわゆる十・十空襲（1944/10/10の沖縄大空襲）の日まで続いた。 　十月十日の晴れた朝、米海軍第五十八機動部隊の艦載機が、沖縄上空に現れ、はじめて沖縄の島に爆弾をそそぎ、機銃弾をあびせかけ、人口六万の那覇市を焼きほろぼした。 　この壮大な悲劇の序曲は、遭難の日からちょうど五十日め、対馬丸に縁をもつ人たちに、偶然の転機をもたらした。 　山里昌男、昌永兄弟を、鶏（にわとり）をつぶしてまで送りながら、ともに喪った父は、燃えさかる市街をながめながら、「燃えろ、燃えろ、燃えつくせ……」と、半狂乱になってさけんだ。 　ある校長は空襲後、その家は焼け残ったけれども、もうその家に戻らなかった。 　人々はもはや、対馬丸の悲劇について語らなかった。 　戦火の近づいたことを知った人々は、われさきにと疎開をはじめた。 　戦闘に協力できる男子は疎開できないはずであるにもかかわらず、疎開船にもぐりこむ者が多かった。 　なかには、船が埠頭をはなれる瞬間にとび乗りをする者もいた。 　島内でも北部山間集落への疎開がさかんになり、特別援護室勤務の警官たちは、県外疎開の勧奨より島内の警備に手をふやすべきだとして、警察署に復帰した。

　島ぐるみの戦争への足どりがはじまった。
　沖縄からの疎開船は、昭和二十年三月二十日に沖縄戦が始る直前まで、のべ百八十七隻で、本土、台湾へ七万余人を運んだ。
　対馬丸はその一隻である。