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22　練金術――三百年ごとの事件

　練金術は中世の「化学」といえよう。
　練金術者の大部分は、水銀や鉛のような卑（ひ）金属を金や銀にかえることに努力を集中した。
　大昔から、土の中にうずもれている金や銀は、もっと卑（いや）しい金属から何千年もかかってだんだんに「成長」したのだという信仰があった。

　最初の物語は一三二九年におこったできごとをのべる。二番目は、約三百年後に行なわれた実験を紹介する。
　最後のものは、おもにある全国的新聞の記事からとった解説で、一九二九年――最初の物語のできごとからぴったり六百年後――に逮捕された一練金術者の裁判を扱う。

  22.1 エドワード三世とラモン・ルル　top

　一三二九年にイギリスを治めていたのはエドワード三世だったが、当時のたいていの専制君主がそうだったように、彼もいつも金にピイピイしていた。
　この年彼は、ふしぎなくらい手軽に金を手に入れられる方法があるときき、次の命令を出した。
　「みなに告ぐ。ジョン・リウズとウィリアム・デ・ドールビーが練金術を用いて銀をつくる方法を知っており、かつてそれを作り、今も作っていることはたしかだということである。
　これらの人々が、あの貴金属をつくることによって、朕と朕の王国に利益をもたらしうることを考慮し、朕は寵愛するウィリアム・ケアリーに上述のジョンとウィリアムをみつけ次第とらえ、彼らの術の道具すべてとともに安全確実に保護して朕のもとにつれてくるよう命じた。」�@

　王の金庫にとって不幸なことだが、彼の寵臣ウィリアムは、同名のウィリアムもジョンもどちらもみつけることができなかった。
　彼らについては、それ以後何の記録ものこっていないようだ。
　「ウェストミンスター寺院の院長でベネディクト会の一員」だったジョン・クレマーによれば、同じこのイギリス王は、もう一人の練金術者、名高いラモン・ルル（ラテン名ライモンドゥス・ルルス）から、またしても失望を味わわされたという。
　ルルは紀元一二三五年ごろ生まれたスペインの貴族で、フランシスコ会の修道僧となり名をとどろかせた。
　彼は哲学者の石つまり「豆粒ほどの大きさの貴重な一服の薬」をもっていて、これを使って水銀を、鉱山からとれる金よりも純粋な金にかえることができると主張した。
　この練金術者の評判はあまりに高かったので、多くの人が彼を信用した。
　彼は多くの国を訪問したといわれるが、イギリス訪問に関する次の記述はクレマーの『テスタメント』の中からとったものだ。

　ルルのイギリス訪問といわれるものには、異説がいくつかある。
　ある人は彼がエドワード三世の時代にきたといい、ある人はもっと前、エドワード二世が王位にあった一三一二年だという。
　一方さらに、そもそも彼がほんとにきたのかどうか疑う人もいる。
　ルルはイギリス滞在中、ウェストミンスター寺院の修道僧の個室か、ロンドン塔に泊ったといわれる。
　多くの記事によると、彼は鉄、水銀、鉛から、六百万ポンドのねうちのある金をつくることに成功した。
　うわさによると、この金の一部は、俗に「ラモン金貨」とよばれた金貨をつくるのに使われたという。（伝説によれば、金貨の何枚かは数百年後にも存在したという。）
　また王が彼との約束を破ってキリスト教国フランスと戦いをはじめたとき、ルルは変装してイギリスを逃亡したが、そのあと長い間、ルルが住んだ部屋の床に金粉がのこっていたといわれる。

　ジョンとウィリアムを逮捕しようとしたのはほんとのことである。
　なぜなら彼らを逮捕せよという命令が、一三二九年の特許状文書にみられるからだ。
　けれどもウェストミンスター寺院長クレマーがラモン・ルルについて語った物語は、今では信用されていない。
　二人のエドワードのどちらの治世にも、ジョン・クレマーという名のウェストミンスター寺院長がいたためしはないようだし、したがってこの話か語られているクレマーの『テスタメント』は偽書と考えられる。
　だがそれでも、多くの著者は、ルルがほんとにイギリスを訪問し、金貨をつくる手助けをしたと信じている。
　けれども一説によれば、エドワードが金を手に入れたのは、羊毛に税をかけよというルルの忠告に従ったからで――この税で王の金庫に数干ポンドがころがりこんだ�B――哲学者の石を使ったからではないという。

　22.2 医師ヘルヴェチウスと画家エリアス　top

　それから三百年とちょっとたった、一六六六年十二月二十七日、画家エリアスと名のる見知らぬ人が、ジョン・フレデリック・ヘルヴェチウスのもとに訪れた。
　ヘルヴェチウスはオランダのパークで宮廷医としてオランジュ公に仕えていた。
　オランジュ公は後に（名誉革命で）イギリス王ウィリアム三世となった人である。
　この訪問とそれの結果が、事件のあと、まもなく書かれた本の中にのべられている。
　その本のタイトルは次のようなきらびやかなものだ。
　『黄金の子牛。金属の変成におけるきわめてまれな自然の奇跡。すなわちパークで、一かたまりの鉛が、我らの石の小さな粒を注入したことによりたちまち金にかえられたこと』（当時本にこのような長い題名をつけることはめずらしくなかった。）

　数週間後にエリアスはもどってきて、ヘルヴェチウスに“菜種の種子くらいの小さな粒”を手渡し、こういった。
　「王侯でさえ見たこともないようなすばらしい宝を進ぜよう。」
　そこでヘルヴェチウスは、こんなちっぽけなかけらではなんの役にも立たないと答えた。
　するとエリアスは親指の爪でそれを二つに割り、かけらの一つを火の中に投げ入れ、のこり一つまみを青い紙にくるんで、「あんたにはこれで十分だ」といいながらヘルヴェチウスに渡した。
　ヘルヴェチウスは礼をいい、エリアスがやり方を教えてくれるなら、明日、これを使って実験をしてみたいといった。
　エリアスはこう教えた。
　「その石を黄色のロウでくるみ、とけた鉛の中に入れよ。ロウは石を鉛の蒸気から守り、ついにそれはとけた金属の中に十分しみこむだろう。」
　そのあとエリアスは明日またくると約束して去った。
　あくる日になったが、エリアスはこなかった。
　そこでヘルヴェチウスは妻に手伝わせて、自分で実験することにきめた。
　彼は半オンスの鉛をルツボでとかし、その間に妻は貴重な石をロウでくるんだ。
　鉛がとけたところで彼はくるんだ石をその中に投げこんだ。
　たちまちジュージュー音がし、泡が出て、十五分ほどだつと、鉛全体が金にかわった。
　彼らは大いに喜んだ。そのあとにおこったことはヘルヴェチウスその人の言葉で語らせよう。

　ヘルヴェチウスはオランジュ公や家臣に大変尊敬されていた人だったし、彼自身はほんとに鉛を金にかえたと信じたことは疑いない。
　けれども、彼や、画家エリアスによってつくられた金に関する記録はほかに何一つないので、この物語は今は信用されていない。

　22.3 だまされた将軍ルーデンドルフ　top

　そのあとの三百年間に私たちの化学知識はすばらしく進歩したが、それでも、二十世紀にはいってさえ、卑（ひ）金属を金にかえられると信じる人がいた。
　例として次の物語を紹介しよう。
　一九二五年にフランツ・タウゼントというドイツ人が、卑金属を金にかえることに成功したと公表した。
　彼はこれがなしとげられたのは、変成と何の関係もないある実験をしていたとき、偶然爆発がおこったおかげだったと語った。
　タウゼントは自分の理論は、金が地中で、自然に進行するが、きわめてのろい成長過程によって卑金属から成長するという、古代人の信仰を基礎にしているとのべた。
　彼は、自然が何十万年もかかって達成することを数時間のうちにやってのけられると主張した。
　タウゼントはこの驚くべきニュースをもってミュンヘン造幣局の専門家たちに近づいたが、相手にされなかった。彼はつぎに、第一次世界大戦でドイツ最高の将軍の一人であり、後に国会議員にも選ばれたルーデンドルフ（一八六五〜一九三七）と接触するようになった。
　ルーデンドルフはタウゼントの主張を調査することにきめ、自分の継子に命じて調査を手伝わせた。
　二年後に継子は、タウゼントの主張を調査しているうちに、ほんとにタウゼントは変成の秘密を発見したのだと確信するようになったと宣言した。彼は厳重な監視のもとで行なわれた四十回ないし五十回の実験に立ち会ったが、たいていの実験でタウゼントはピンの頭ほどの金片を得ることができたと語った。
　継子はまた、タウゼントは金をつくる過程の一部を彼にみせたが、最終の段階だけはみせなかったと証言した。
　しかしそれにもかかわらず、タウゼントのいない間に行なわれた実験のいくつかも、きわめて満足すべき結果を生じたようだったとつけ加えた。
　彼は一九二七年に、詐欺の可能性はないと確言した。
　はじめのうちは、ルーデンドルフ将軍は極度に懐疑的で、たえず実験のくりかえしを要求した。
　けれども調査の結果を受けとってからは、タウゼントが大昔からの秘密を発見したと信じるようになり、彼の法定代理人に指図して、その方法を開発するための会社をつくらせた。
　この会社の株主の大部分は、将軍と密接な関係のある人たちで、ドイツの指導階級や貴族の多くのメンバーが含まれていた。
　こういう有名人たちが株を引き受けたのは、ただ自分たちのために大金をつくりたいだけでなく、資本主義の支配をうち破るためでもあったと、後になっていわれている。
　というのは、そのころドイツは財政上きわめて困難な時期にあり、これらの株主は金の価値が低下すればドイツの経済状態は大いに改善されるだろうと信じたのだった。
　したがって、会社の期待利益の七五パーセントが「愛国的目的のために」ルーデンドルフ将軍にあたえられ、二〇パーセントが株主に配当され、のこり五パーセントがタウゼントの報酬になることになっていた。
　一九二八年になると、タウゼントはタウゼント男爵と称して宮殿のような屋敷に住み、会社の資本にあぐらをかいて生活をたのしんでいた。
　しかしこのぜいたくな暮らしぶりは長くつづかなかった。一九二九年の末に彼は詐欺の容疑で逮捕されたからだ。
　裁判は一九三一年一月ミュンヘンで開始された。まず、会社の設立にいたるまでのできごとについて、証言が集められた。
　この物語で今までのべたことのほか、さまざまな証言が出された。
　あるハンブルクの工場主は、法廷にピンの頭ほどの金片を提出し、タウゼントがつくったと主張しているのはこれだといった。
　ドイツ銀行の一理事は、法廷で、やはりタウゼントがつくったと主張するアヒルの卵ほどの金塊をみたとのべた。
　またタウゼントの秘書は、タウゼントがある実験で明らかに二十グラムの金を作ったのをみたといい、
　「その金をみたとき、つめたい戦慄が背骨を走り下りた」と断言した。
　タウゼントがほかの人々にも、変成で作ったと称する金片をみせたという証言も出された。
　例の会社に以前雇われていた一人は、あるとき実験室の食器棚の中に金粉のつまった試験管があるのをみつけたが、タウゼントは、その金は変成過程で使うもので、新しい材料に金を少量加えると変成が大変促進されるのだ、と説明したと証言した。
　つぎに、化学の専門家が証人としてよび出された。
　彼らはみな、自分たちの面前で行なわれた実験ではタウゼントは金をつくることができなかったと証言した。
　これら専門家の証人の一人、造幣局の一理事は法廷でこうのべた。
　彼はタウゼントが実験を行なうところを観察したが、一見うまくいって、実験が終ったとき溶解ルツボの中に金があるのをみてひどくびっくりした。
　彼は後になって、タウゼントが金のペン先をつけた万年筆をもっていたのを思いだして、懐疑的になったとつけ加えた。
　そこで彼はこの実験でタウゼントがつくった「金」を分析してみたところ、それは万年筆の金ペンの製造に使う合金と同じ合金だった！
　タウゼントは有罪と判決され、三年八ヵ月の禁錮を宣告された。
　また裁判の費用を支払うことを命ぜられ、彼の実験室にあった材料は、いくらかの金を含めて、すべて没収された。
　裁判長は、この宣告は、大きい詐欺により莫大な額の金が得られたことを考慮すれば、軽いものであるといった。
　けれども法廷はわりあい軽い罰をあたえても差支えなかったようだ。
　というのは、金を失った人々は、らくな方法で一財産つくれるといううまい話を、あんまり軽々しく信じすぎただけのことだったからだ。�C

　22.4 可能になった元素の変成　top

　タウゼントが多くの有名人たちをやすやすとだました話に関連して、次のことをつけ加えたい。
　原子の研究が進展した結果、一種の変成が不可能ではないことが明らかになった。
　タウゼントがはじめて自分の説得力を発揮しだした一九二五年よりもずっと前に、科学者たちは、原子は分割できないという古代からの理論を捨てていた。
　一八九六年に放射能が発見されてから、少数の元素の原子は自然の過程でひとりでに変化することがわかった。
　そして一九二〇年までにラザフォードは、自然の源から得た粒子を原子に打ちつけてたたき割ることに成功していた。
　したがって、うまい話をしゃべれる悪漢は、一八九六年以前よりも一九二五年のほうがむしろ人々に信じられやすかったのである。
　おもしろいことに、タウゼントが禁錮刑についている間に、二人のケンブリッジの科学者、コッククロフトとウォールトンが、実験室内で人工的に加速した粒子を使って原子を割ることに成功した（一九三二年）。
　また一九三二年以来多くの物理学者が原子の本質と性質を慎重に研究して大きな成功をおさめたので、今日では多数の元素の原子を割ることが可能になり、元素の変成はほとんど日常茶飯事となっている。
　けれども練金術者の目標――卑金属を実用的規模で金に変成すること――を達成した人はまだいない。

　　出典
　　�@『ハーシー逸話集』。
　　�AＡ・Ｅ・ウェイト『練金術博物館にあるクレマーのテスタメント』第二巻。
　　�BＣ・マッケイ『異常で有名な欺瞞の思い出』（一八五二）第一巻。
　　�C『ザータイムズ』一九三一年一月二日から二月六日までの各号。