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7　火薬と火山

　コロンブスがはじめて西方の新世界に航海してから、わずか数年のうちに、スペイン人がアメリカ大陸本土に植民地を建設しはじめた。
　一五一八年には彼らは今メキシコとよばれる地に一植民地をつくろうとした。
　スペイン人たちは、メキシコの原住民が、それまで島々でみかけた未開な粗野な土人たちにくらべて、はるかに高度に組織された人民であるのを発見してひどくびっくりした。
　これら大陸本土の住民たちは、よく組織された生活様式をもち、正しく構成された政府、健全な法律体系をそなえ、彼らのいただく専制君主は壮大な石の宮殿に、廷臣や外交官にかしづかれて豪華な生活をいとなんでいた。
　そのうえ、平民たちはいろいろな職業に熟練しており、銅、スズ、金、銀を使っていた。
　国王は経験ゆたかな戦士であり、兵士は勇敢で恐れを知らなかった。
　彼らは、戦いで倒れた人はすぐさま輝かしい太陽のやかたにはこばれて、いいあらわせないほど幸せな生活を送れると信じていたからだ。
　将軍たちは金銀のかざりをつけ、厚さ五センチもあるふとんのような材料でできた上着をきた。
　これはとんでくる矢をよく防いだ。
　一般の兵士は戦いに行く前に絵の具をからだにぬりたくり、石や骨のやじりをつけた矢、青銅の穂先をつけた槍、木のこん棒の頭に、そいで先をとがらせた石を二列とりつけたものなどを使って戦った。

　7.1 コルテスのメキシコ征服　top

　原住民たちは、たとえ死を恐れないとはいっても、大砲や銃に対して長く戦うことはできなかった。
　一五二一年に、メキシコとよばれる彼らの主都がコルテスの手におちた。すぐに全国が彼の支配に従った。
　征服者は直ちに古いメキシコの廃墟の上に新しい都市を建設するよう命じ、これを要塞化することにきめた。
　けれども事態は一変し、彼に不利な方向に向かった。銃砲と弾薬が深刻に欠乏していた。
　総督ベラスケスはコルテスの成功をねたむだけでなく、はげしい敵意をいだきはじめていた。
　これらの探検を監督する本国スペインの植民省の長官もまた敵意をいだいた。
　これら二人の権力者は、コルテスが多くのもの、とくに銃砲と火薬が不足してこまっているのを、知らん顔でほうっておくことにした。
　コルテスはうろたえはしたものの、なんとか事態を切りぬけようと覚悟した。
　彼は、もしもスペインから銃砲と火薬を手に入れることができないなら、メキシコでそれを調達しようと決意した。
　しかしこの課題はむずかしい仕事だった。
　新世界で火薬をつくるなど、思ってもみなかったことだし、おまけに、ヨーロッパ人が大砲や弾丸の一部を作るのに使っている鉄は、そのころメキシコにはみつかってもいなかった。
　コルテスは絶望しなかった。たとえ大砲をつくるのに鉄を使えなくても、青銅を使うことができるのを知っていた。
　原住民が銅とスズで青銅をつくり、それで一部の品物を作っていたのを知うていたからだ。�A
　メキシコには銅がふんだんに出た。スズもここには自然に産出するはずだと彼は思った。
　なぜなら原住民がスズを使って少量の青銅を作っているだけでなく、貨幣にも使っていたからだ。（彼らの貨幣はスズの板をＴの字形に切ったものだった。）
　コルテスがさがしたところ、クスコとよばれる地方にスズの資源が豊富に存在することがわかった。
　彼はここに鉱山を開き、鋳物工場をたてた。銅とスズをとかし合わせて青銅をつくり、とけた青銅を型に流しこんで大砲の筒をつくった。
　この工場で全部で三十門の大砲がつくられた。前からもっていた大砲と合わせれば、手もちの砲の数はまずまず十分だった。
　大砲の弾丸の補給は、コルテスにとってあまり問題にならなかった。
　スペイン人は一般に鉄の弾丸を使っていたが、当時の他の国々の砲手と同じに、必要とあれば石の弾丸も使った。
　鉄がなければ石を使えることはもちろんだった。
　だからコルテスは、その地でとれる石材からたくさんの砲弾を作るよう命令した。
　そうなると、どうしても必要なのは火薬だった。

　7.2 火薬をもとめて　top

　火薬は木炭とイオウと硝石をまぜてつくる。硝石は白い物質で、酸素をたくさん含んでいる。
　火薬に火をつけると、硝石から出る酸素の中で木炭とイオウがもえ、ほとんど瞬間的に大量のガスを発生させる。
　この大量のガスは、大砲の砲身の中のようなせまい空間内で発生すると、ひどくつよい力をまわりに及ぼす。
　そのため、砲身内にはまりこんでいた弾丸をはげしい力でつきとばし、砲口から勢いよくとび出させる。

　硝石はあたたかい国々では天然に産出する。
　それは土の表面にうすい層をつくるか、また土の上のほうの層にまじって存在する。
　硝石のまじった土を水に入れると、硝石だけがとけ出るから、溶液を分け、これから容易に硝石の結晶をつくることができる。
　メキシコ市の近くの土や、多くの洞穴から、硝石をたくさん手に入れることができた。

　7.3 火をふくポポカテペトル　top

　コルテスがどうやってイオウを手に入れたかは、たいへんおもしろい物語となっている。
　火薬が欠乏する何年か前に、彼と部下は、進軍の途中で、インディアンがポポカテペトルとよんでいるひどく高い山のそばを通った。�B
　ポポカテペトルは「煙を吐く山」を意味する。この山は活火山なのだ。
　原住民たちは尊敬と恐怖の念をもってこの山をながめ、それをめぐって数多くの伝説が生まれた。
　ある人は、この山はわるい支配者の死霊が住むところで、霊が苦しんで声高くほえたてているのだと信じた。
　別の人は、神の住みかと考えた。原住民がこのふしぎなおそろしい山にけっして登ろうとしなかったのは、むりもないことだ。
　コルテスが一五一九年にはじめてこの火山に近づいたとき、ちょうど活発な活動状態にあって、はげしく荒れくるい、火と灰と煙を天に投げ上げていた。
　スペイン人たちは原住民があえてこの山に登ろうとしないのを知った。
　そこで、船長の一人とその部下二人が山に登ってみることにした。
　それは、原住民たちに、スペイン人が彼らよりすぐれた人種だということを示すためだった。
　数人の原住民が説きふせられてしぶしぶスペイン人といっしょに出発したが、山腹のある場所で立ち止まり、それから先はけっして進もうとしなかった。
　そこは、伝説が神々の住みかへの入口としているところだった。
　原住民たちの恐怖をおしきって、スペイン人たちは神々の住みかへ足をふみ入れ、さらに高く登りはじめた。
　けれども彼らもまた山頂につかないうちに引き返した。
　頂上は雪と氷でおおわれていて、とうていそれ以上登ることはできなかったからだ。
　しかも雪と氷が最悪の困難ではなかった。というのは火山が灰や、イオウの匂いのする煙の雲をはきだしていたからだ。
　彼らは雪と氷のかけらだけもってかえってきた。
　それを見てコルテスたちは「たいへんびっくりした。
　なぜならこの国は赤道近くにあるので、ひどくあたたかいはずだったから。」�C
　（コルテスは、赤道直下でも、うんと高いところでは温度は氷点以下になるということを知らなかった。）

　7.4 火口からイオウをかすめとる　top

　一五二一年にコルテスは、ポポカテペトルに登った探検隊がイオウの匂いのする雲に出会ったことを思いだし、当然この山の上にイオウがあるはずだと考えた。
　そういう場所からイオウを手に入れることは危険な仕事にはちがいないと思ったが、一方彼は自分の軍隊の中に命知らずの人間が少しはいることを知っていた。
　彼の武力を左右する火薬が絶望的なほど欠乏しているこの時期だから、彼はためらうことなく、フランシスコ・モンタナを隊長にえらび、よりぬきの部下を四人つけて、あの山に登らせた。�D
　そのときは火山の活動は静まっていたので、今度の探検隊は灰と煙のあらしにおそわれずにすんだ。
　困難な登山のあと、彼らは頂上につき、火口のふちにのぼった。目の前に大きな深淵がパックリ口を開いた。
　火口は不規則な形をしており、直径は三百メートルから七百メートルもあった。
　彼らは火口の中をのぞきこみ、深さは三百メートルほどあるとみつもった。
　深淵の底で青白い炎がもえ、イオウの蒸気をふき上げていた。
　蒸気は上昇するにつれて冷え、洞穴の岩壁に固体のイオウとなってくっついていた。
　彼らは火口のふちのまわりにイオウがみつかるだろうと期待していたが、あてははずれた。

　以上が、コルテスの発揮した才略だった。
　こうして彼はすべての不足品を補給することができ、敵が悪意をもってたくらんだあらゆる妨害を見事克服することに成功した。
　コルテスは国王に、どのようにして火薬を手に入れたかを報告するなかで、皮肉まじりに次のように書いている。
　「それは全体としてみれば、火薬をスペインから輸入するほどにはやっかいなことではないでしょう。」�E

　　出典
　　�@�B　Ｒ・ハクルイト『新スペイン征服の真相』（一九〇六英訳）第一巻。
　　�AＦ・Ｈ・Ａ・フォン・フンボルト『新スペイン帝国に関する政治的エッセー』（一八一一−〜一二英訳）第三巻。
　　�C�D�EＷ・Ｈ・プレスゴッド『メキシコ征服史』（一八八六）。