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21　タンクの秘密

　第一次世界大戦は一九一四年夏、ドイツ軍の電撃的な急進撃をもって幕を切った。
　騎兵がまっ先に突進し、あと歩兵ができるかぎり速く後につづくというやり方で、各地を占領、確保した。
　数日のうちにドイツ軍はベルギーと北フランスの一部を蹂躙した。
　ベルギー、フランス、イギリスの軍隊は、バス、馬、徒歩でいそぎ前線へかけつけた。
　軍事指導者たちはみな、この戦争は急速に進展するものと予想していたが、それははじめのうちだけで、何ヵ月もたたないうちに、塹壕（ざんごう）戦が固着してしまい、大規模な部隊や砲の前進はきわめてまれになった。
　こんな戦いになろうとは、どちらの側の指導者もまるで予想していなかった。
　そうなった原因は、主として機関銃の使用――これは予想よりずっと効果的だった――と、有刺鉄線網（鉄条網）の構築にあった。
　歩兵は有刺鉄線がぎっしり張られた地面では動きがとれず、また要害の地にすえつけられたおそるべき機関銃に歯向かって前進することはきわめて困難だった。
　騎兵も役に立だなかった。
　なぜなら、大砲をいくら打ちこんでも、有刺鉄線網を除去できる面積はほとんど無視できるぐらい小さかったからだ。
　そこで、戦争が手づまりになるのを避けるために、科学と技術が動員されることになった。
　ドイツの科学者は毒ガスを使うことを決意し（化学編21章参照）、イギリスの技術者はタンクを発明した。

　1 タンクの計画 top

　イギリスの発明家が解決しなければならない問題はたくさんあった。
　塹壕（ざんごう）と塹壕の間の地面――無人地帯――は、冬には土砂ぶりの雨で沼のようになった。
　それは落下する砲弾で泥くちゃにかきまぜられた。有刺鉄線がギッシリはられていた。
　いたるところに砲弾があけた大穴があった。
　タンクが成功するには、このおそるべき状態にある地面の上を、らくに速く走れるだけでは十分でなかった。
　それはひろい塹壕も、中におちこむことなしに、のりこえなければならなかった。
　ドイツの機関銃を沈黙させるほどの兵器も装備しなければならなかった。
　また、内部の乗員を守るため、厚い装甲もしなければならなかった。
　つくられたタンクは、これらの要求をだいたいにみたすものであった。
　しかしこの章の物語は、タンクの秘密を保持するためとられた方法を扱うので、製造方法についてはそう詳しくはふれない。
　一九一五年六月にイギリス政府は、「前線」の困難な状態を打破するのに適した戦争機械を製造する問題を考究するため、「陸船（ランドシップ）委員会」とよばれる委員会を設けた。�@
　この委員会は最初のタンクをつくるため、リンカーンの農業技術者の会社、ウィリアム・フォスター社の助力を仰いだ。
　戦前、フォスター社は車輪のかわりに無限軌道をもったトラクターをつくった。
　それは、畔（あぜ）をつけた畑など、車輪のトラクターではでこぼこすぎて動けない地面で使うように設計されたものだった。
　だからフォスター社は、無人地帯のひどい地面を走れるような戦争機械をつくるためには、十分役立ちそうな経験をかなりたくわえていた。
　タンクを開発する仕事は急速に進展し、一九一五年九月には実物大の木の模型――「リトル・ウィリー」とよばれた――ができて、陸船委員会のメンバーがリンカーンヘきて点検するのを待つばかりとなった。
　しかし点検が実行される前に設計者たちは改良を決意し、新しい模型が作られた。
　それははじめ、「ビッグ・ウィリー」と名づけられたが、試験を通ったあと、「マザー」（母）と改称された。
　タンクが戦場に姿をみせるまで秘密にしておくために、多大の努力が払われた。この秘密保持運動の音頭をとった一人がチャーチル氏（のちのサー・ウィンストン・チャーチル）だった。
　一九一五年二月、当時海軍大臣たったチャーチル氏は「陸船」をつくる計画に興味をいだくようになった。
　陸船は、一種の船とはいえ、海軍省とは何の関係もなかった。
　だがそんなことは、チャーチル氏が陸船委員会を設けるさまたげにはならなかった。
　また必要な実験をはじめるため、公費から約七万ポンドを支出する命令を出すことをさまたげもしなかった。
　しかし彼はこの行為が完全に異例であることを知っており、もしわかったらきびしく非難されるだろうと思ったので、ことを秘密にしておいた。
　「私は陸軍省には通知しなかった」と彼は書いている。

　2 秘密保持のため嘘を広める top

　フォスター社は、秘密を保持するためどんな手段を講ずることができるか、検討してほしいとたのまれた。
　当局は、見知らぬ人を工場に入れないため歩哨を立てようと申し出、またもしも社のほうで希望するなら、タンクができ上がるまでこの仕事にたずさわるすべての人が一緒に住むよう強制する命令を出してもよいといった。
　技術者たちは、「歩哨を立てたり隔離区域を設けたりすることは、それこそラッパをふいて『ここに秘密あり』と人々に告げ知らせるようなものだから」歓迎しないと答えた。
　そのかわりに彼らは、その機械のめざす使いみちを、まるきり別のものだと説明するのがよいと提案した。
　（あるいは、会社の一役員が露骨にいったように、「彼らは簡単にバレそうもない一連の嘘を広めたかった。」）
　当局はいくぶんためらいはしたものの、この方法を受入れた。�B
　この政策を慎重に遂行するため、フォスター社の専務取締役は、工場で何か重要なものを作っているらしいとさとられそうなことは何一つせず、工事現場に広がるたくさんのうわさをおさえようともしなかった。
　それどころか、彼は仕事について間違った考えが広まるようつとめた。
　とくに、「おやじ」が気ちがいじみた思いつきに浮かれているのだ、といううわさをあおった。
　「おやじ」　のウィリアム・トリットン氏（のちにサー・ウィリアム）は、製図主任のウィリアム・リグビー氏よりずっと背が低かった。
　それで部下たちはふざけて最初の模型を「小さいウィリー」とよび二番目の模型を「大きいウィリー」とよんだのだが（ウィリーはウィリアムの愛称だが、「ゾッとする気分」という意味もある）、だれも止めようとしなかった。
　このあだ名は、部下たちをおもしろがらせただけでなく、その奇妙な機械をあざ笑い、軽視させる効果を生んだ。
　自分たちが嘲笑しているものを、ひどく重要なものと感じとる人は、めったにいないものだ。
　機械の形ができてくるにつれて、将来これが何に使われるのかについて、新しい嘘が宣伝され流布された。
　たとえば、陸船の胴体をかいた図面は、すべて製図主任が「メソポタミア向け水運び機械」というレッテルを貼った。
　この言葉は、後の陸船のよび名を生むもとになった。
　というのは、労働者たちはそんな長たらしい名はめんどうだというので、簡単に「あのタンク」（タンクは水槽を意味する）という句にちぢめてしまったからだ。
　もっと後になると、人をだます新しい方法が使われた。
　完成したタンクが工場から出されると、工場近くの空地に並べられ、番号をつけ、レッテルを貼られた。
　しかし第一番につくられたタンクには、七〇〇という。
　番号がつけられたし、あるタンクには、「取扱注意ペトログラード行き」というロシア語を、蝠十二インチ（36センチ）もある大きな文字で書いたレッテルがはられた。
　専務取締役が評したように「首をひねるやつはたくさんいたが、ロシア語をよめるのはほとんどいなかった。�C

　3 タンクの実験 top

　一九一六年一月、最初の大規模な実験をする準備がととのい、タンクは鉄道でハットフィールドに運ばれた。
　タンクはタールを塗った防水布で厳重におおい、暗闇を走って真夜中につくよう汽車の時刻が選ばれた。�D
　リンカーンでの積みこみの間も、ハットフィールドでの積み下ろしの間も、極度の秘密が守られた。
　実験場（ゴルフコースだった）へ通じるすべての道路は閉鎖され、歩哨が配置された。
　通路に面した何軒かの家に住む人たちは、窓にブラインドを下ろすよう指令され、その冬の朝まだ暗いうちに、カラカラ重々しい音をひびかせながら外を通りすぎる機械については、何一つ知ろうとつとめてはならないと、厳しい命令を受けた。
　タンクを操縦するリグビー氏には、どんなことがあってもタンクをフェアウェイにのりこませたり、そのほかコースの芝生をいためるようなことをしてはならないという、全くイギリス的な指令があたえられていた。
　試験には、陸軍参謀部のメンバーと、フランスのヘイグ将軍（一八六一〜一九二八。西部戦線のイギリス軍総司令官）の司令部から派遣された代表者一名とが立ち会った。試験は成功し、その結果、多数の機械が注文されることになった。
　時おり少数の重要な訪問者が「試験用タンク」に乗るのを許された。
　あるとき、一人の訪問者が、操縦士のうしろに席をあたえられた。
　操縦士はリンカーンからきた頼みになる労働者で、フォスター社の機械の運転にはなれていた。操縦席の前面にはほとんど空間がなく（まだ押しボタン操縦の時代ではなかったから）、操縦士はエンジンをあやつるのに大きな重いテコをひかなければならなかった。
　その訪問者は極度に興味をかきたてられ、身をのりだしてますます操縦士に近よっていったといわれる。
　とうとう操縦士は、相手があまりくっついてきたので我慢できなくなり、見知らぬ訪問者のほうへふり向きざま、次にあげるのよりずっと強い言葉でどなりつけた。
　「やい、てめえ、場所を残らずとっちまう気かよ？　うしろへひっこんでいやがれ。」
　訪問者はすぐ「ひっこん」だが、後々までこのドライブを大変おもしろく思い出した。
　それはイギリス国王ジョージ五世陛下だったのだ！
　何ヵ月も前から、官公界では、この新しい秘密の機械をさすのに、陸船、陸用巡洋艦、キャタピラ・機関銃付駆逐艦などといった名を使ってきた。
　しかしこういう名は、きいただけでこの機械の将来の用途が簡単にわかってしまうので、じつにまずかった。
　スウィントン大佐は、この新兵器の導入にとくべつ重要な役割をはたした人だが、そんな「口の軽い名称」のかわりに別の名をみつけてくれとたのまれたと記録している。
　彼は次のようないきさつで、新しい名を思いついた。

　こうして陸船という名はタンクにかえられた。�E
　大佐は、リンカーンの労働者たちがリ一九一五年十二月よりかなり前にこの名を発明していたことを、すでに耳にしていたか、それとも全く聞かなかったのか、それには一言もふれていない。

　4 タンク、戦場に出現 top

　サー・ダグラス・ヘイグは至急報告の中でこう書いている。

　ある新聞は、飛行機からこの戦いを見守っていた一偵察兵が送った次の通信を引用している。
　「タンクがフレールの大通りを闊歩し、イギリス兵が歓呼しながら後につづいている。」
　けれども、局地的な成功を別にすれば、このタンクの最初の行動があげた戦果はほとんど皆無に近く、高度の秘密兵器をこんなつまらぬことに使ったことはきびしく批判された。
　イギリス首相ロイドジョージは後になってこう書いた。

　しかしこの秘密は、いずれそう長くかくしておけなかったろうと論じられている。

　チャーチル氏はそのあと次の注釈をそえている。

　そのタンク部隊の歴史を書いたフラー大佐によると、その日「タンク部隊の参謀部の脳裏にくっついてはなれなかった一つの計画」がためされた。
　その作戦では奇襲が主体になるはずだった。
　五百両のタンクが「攻撃の口火を切る予定だった。タンクが実際にくり出すまでは。
　イギリスの砲兵は一弾も発射せず、照準をつけるためのためし射ちさえしなかった。�I

　5 最初の奇襲をめぐって top

　この戦闘やその後のいくつかの戦闘は、一部の戦争指導者や多くの政治家たちに、タンクがあらゆる新兵器のうちで最も強力で最も成功したものの一つだということを明らかにした。
　戦争も終わりごろになると、イギリスの総司令官が、そういう秘密の戦争機械をはじめて使ったとき生じるだろう大きな奇襲効果をもっとうまく利用しなかったことに対して、厳しい非難が広範にまきおこっていた。
　すでにのべたように、ロイドジョージもそういう非難を加えた一人だった。
　少なくともほかの三人のすぐれた戦史家――ウインストン・チャーチル、スウィントン大佐、「公式戦史記録者」――も同じように非難した。
　ほとんど半世紀後になって、サー・ダグラス・ヘイグの伝記を書いた著述家は、この非難に対して反駁を加えている。
　彼はヘイグの一九一六年四月の日記を引用しているが、それに書いてあるところによると、ヘイグ将軍自身はタンクの最初の出現がひきおこすだろう驚愕を利用したかったのだが、部下の将軍のいく人かがタンクを恐るべき兵器と思っていないことを知っていたので、あえてやらなかったのだという。
　しかし最も重要な理由は、ヘイグのソンムの戦いの計画は、この戦いが「連合軍の大勝利」となって戦争を終結させるだろうという確信を基礎にしていたことだった。
　だから、彼はこれがタンクを実戦状態でためす最後のチャンスになるだろうと信じたので、タンクを投入したのだった。�K

出典
�@�A�I　Ｗ・Ｓ・チャーチル『世界の危機、1914〜18年』（縮約版1937）
�B�D　Ｗ・Ａ・トリットン『タンク、その誕生と発展』（日付けなし）
�C�E　Ｅ・Ｄ・スウィントン『目撃者』（1932）
�F�G　Ｗ・エリス『タンク部隊』（1919）
�H　Ｄ・ロイドジョージ『戦争の思い出』（1933）第2巻
�J　Ｊ・Ｆ・Ｃ・フラー『大戦中のタンク』（1920）
�K　Ｊ・テレーン『ダグラス・ヘイグ』（1963）