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開拓使官有物払下事件
(三浦梧楼の長州藩の明治維新 16)

 薩長情実の出産物として、最も露骨を極めたものは、開拓使官有物払い下げの一条である。
 最初政府は北海道開拓の目的をもって、開拓使を置き、十年間一千万円の経費を投じて、種々の事業を経営した。
 その長官は黒田清隆で、堀基、調所広丈、時任為基、湯池定基以下ほとんど薩州人の独占であった。
 明治十四年の夏である。開拓使は遠からず十ヵ年の期限も満ちて、いよいよ廃止されるというところから、この堀だの、調所だのという薩州人が、一団となって、私立会社を起こし、開拓使が多額の金を投じて経営した官有物、官営事業を、二束三文、しかも五十年賦か何かで、払い下げを受けるということになったのである。
 実にもっての外である。
 我輩は丁度伊香保におった時であるが、新聞にその記事ののってあったのを見て、実にその無法に驚いた。
 政府があれだけ莫大の金をかけて経営したものを、二束三文で、薩摩人の私設会社へ払い下げるとは何事であるか。
 情実の弊害も、ここに至って極まれりである。
 我輩平素の持論として、これは是非とも叩き潰さねばならぬ。
 その時、大山(巌)も伊香保に来ておった。
 我輩はこの記事を見るなりすぐその新聞を提げて、大山の旅館を叩いた。
 「これは実にひどいじゃないか。君はどう思うか」
 と詰めよった。大山は薩摩人の中でも、あまり薩摩癖のない人であった。
 「いかにもこれは酷いやり方だ」
 と言って、早速同意したが、しかしこのことについて、何も尽力はしなかった。
 我輩は今は捨ておかれず、にわかに東京へ帰って、山県をも訪い、伊藤をも叩いた。
 ところが二人とも共謀になっている。
 とても見込みがない。
 そこで三条さんの所へ飛んで行って、痛切に反対の意見を述べ立てた。
 黙っておられたが、胸中では非常に心配してござったものである。
 我輩は、
 「薩長共謀して、かくまで天下のことを私するを、閣下はいかに御覧なされますか。
 開拓使は莫大の金を投じて、不毛の地を拓き、これからようやく芽が出るという今日、肝腎の官営事業、官有建物を、二束三文、五十何年賦で払い下げるというは、実に言語道断の始末、奇怪至極の処置、何とも評しようもありませぬ。
 朝廷ぐるみ薩長龍絡の中にお入りなさるるつもりであるか。
 決してさにあらずとの御一言を承らぬ上は、将来御奉公の道も相立ちませぬ」
 と面(おもて)を犯して極諌した。
 あまり口をきかぬ人で、黙ってきいておられたが、実は内々心配してござったものと見える。
 そこへ我輩が反対論を持ち込んだため、三条公もこれを機会に、早速お上へ奏上せられたのである。
 それで御裁可に相成らず、開拓使官有物払い下げ事件は、ついに破れてしまったのであるが、三条公はその際明らかに、
 「三浦が参って、期様々々に申しました」
 と奏聞せられたものと見えて、そのことがちゃんと御膝下の御日誌に記してあるのである。

 編者曰く 開拓使官有物払い下げ問題の起こるや、国論大に沸騰し、新聞に、演説に、百方之れを攻撃し、これを痛論したのであった。
 金看板つきの御用新聞記者福地桜痴まで陣頭に立って反対したほどであって、この事件のついに失敗に帰したのは、全く与論の勝利に外ならぬものと信じておったが、はからざりきその裏面には三浦将軍の活躍、その功を奏した事実が潜在しておったのである。
 その御膝下の御日誌に載せられることは、臨時帝室編修局より、将軍へ二三の事項を問い合わせられた中に、明治十四年開拓使払下の反対運動、延(ひ)いて西部監軍より士官学校左遷の顛末、並びに勅語発布に至るの件(此のことに付き明治天皇、士を愛し給うの深きを知る資料発見に付、御高覧の上御話承り度侯)との一項があるに徴して明瞭である。
 将軍の一言、よく成功を奏したことは、将軍の心事、夙(つと)に天聴に達しておったためであること勿論であろう。

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